2014年04月27日

レビュー「女のいない男たち」

 勝手師匠(勝手に師と仰ぐ師匠)のひとり村上春樹著の最新短篇集「女のいない男たち」を読んだ。予想外の傑作だ。ここのところリリースした長編は、確かにうまいし読んでいて楽しいのだが、それで?という感じがどうしても残った。今回はそのうちのいくつかの短編に頭を殴られたような、あるいは心臓をえぐられるような衝撃があった。そして、SGTペパーズのようなトータルアルバムの雰囲気を持つ。「1Q84」「多崎つくる」で、うーん、上手いけどどうなんかな、と思った僕のような古くからのハルキストは、ぜひ読んでみてほしい。傑作である。

レビュー「女のいない男たち」

 この連作短編集には、タイトルどおり「女のいない男たち」をモチーフとした長くても80枚くらいの小説が収録されている。著者が自らあまりしたことないと前置きしながら「まえがき」なるものを書いているので、そのコンセプト、作品の出来た過程を読者は伺い知ることができる。なぜこのモチーフに絡め取られた(著者自身の言葉)かわからないが、女がいない男たち(ほんとうにいなかったり、居たのだが去られたり、先に死なれたり、様々だ)の物語がならんでいる。派手な作品はない。感動する話もたぶんない。しかし、描かれた物語の核に少しでも自分自身の境遇や記憶が共振すれば、同じように読者自身も(おそらくは女性読者も)絡め取られてしまう。不思議な力を持つ作品群だ。

 意見のわかれるところであろうが、僕はこの小説群のなかで「木野」がいちばんやられた感が強い。あるショッキングな出来事に遭遇したために、仕事をやめ、街はずれでバーをはじめた男・木野の話。これは村上春樹一流のホラーでもある。霊的あるいは猟奇的ではないのだが、ここに描かれた世界は想像すれば震えが止まらぬほど怖い(厳密には霊的なのだろうが)。それはもちろん、想像力をかきたてる村上春樹の職人技ともいえる文体に裏打ちされたものだ。自分自身が傷ついていることをきちんと正確に自覚しなければ、前に進むことなど出来ない。これは男女の恋愛に限られた話ではない。
 また、「独立器官」も素晴らしい。女と恋をすることなど面倒だと思っていた裕福で満たされた美容整形外科医師が、突然恋に落ちる話。個人的にやられた。恋とはいかに理不尽なものかと思う。「僕らが死んだ人に対してできることといえば、少しでも長くその人のことを記憶しておくくらいです。でもそれは口で言うほど簡単ではありません」と登場人物のひとりが言う。僕は死んだ友人のことをまた思い出した。
 もうひとつ、「イエスタデイ」も秀逸だ。イエスタデイの変な替え歌をつくった友人木樽の話。村上春樹が前書きを書いた理由のひとつは、この小説で提示された替え歌に対して、著作権代理人から「示唆的要望」を受け、大幅に削除してしまった、ということを説明するためだろうと思う。僕も本を読んだのちに、文藝春秋連載版を読んだが、替え歌歌詞はこの短編には必須だと思う。僕も示唆を受ける可能性もあるが、備忘録的に、補足的に残しておこうと思う(これだけ読んでも訳がわからないだけなので本編とあわせて読んでください)。
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昨日は
あしたのおとといで
おとといのあしたや
それはまあ
しゃあないよなあ

昨日は
あさってのさきおとといで
さきおとといのあさってや
それはまあ
しゃあないよなあ

あの子はどこかに
消えてしもた
さきおとといのあさってには
ちゃんとおったのにな

昨日は
しあさっての四日前で
四日前のしあさってや
それはまあ
しゃあないよなあ
(村上春樹作「イエスタデイ」より)
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 この小説群の何にやられたのだろう? モチーフや描かれている世界は特に新しくはない。きわめて村上春樹的ではある。ゆえに、何も感じない人もいても不思議ではない。退屈な人もいるだろう。昔から書いているものが変わらないとただ懐かしむ人もいるだろう。だが、僕はやられた。この職人芸的な文章の背後にある孤独や諦めに激しく共振した。ある世界を提示して(それが現実離れしていることも多い)、あたかもそれが自分の世界であるかのような錯覚を、しかも日常生活の延長で呼び起こすことにかけて、やはり村上春樹という作家は唯一無二だと思う。ノーベル文学賞にふさわしいかどうかは(そもそもノーベル文学賞にどんな小説家がふさわしいのかも)僕にはよくわからないけれど。



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Posted by 仲村オルタ at 12:35
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台湾より沖縄復帰後1年で関西へ。まさかの東京暮らしを経て、流れ流れて今は沖縄暮らし。
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