2005年02月13日
島コラム小 95 森永ゲンキミルクの謎

島コラム小 95 森永ゲンキミルクの謎
1)
去年夏を過ぎた頃からだろうか。どこかレトロで、やたらと耳
に残るCMが沖縄限定(おそらく)で流れている。森永乳業グルー
プのうちなー企業沖縄森永乳業株式会社の発売する森永ゲンキミ
ルクの宣伝だ。「ゲーンキ、ゲンキ、ゲーンキ、ミールク飲んで
ゲーンキ、ゲーンキ、ゲンキ、ゲーンキ、森永ゲンキミルク」と
いう唄だ。一度聞くと、妙に頭の中に残る。ゲンキ坊やなる平面
的なキャラクターが、あちこち跳ね回る。
2)
このゲンキミルクなる牛乳は、今年9月に創業50周年を迎え
る沖縄森永乳業が、「県民の皆様の健康と幸せを願い」発売した
肝いりの牛乳らしい。以前に「かりゆし」として販売されていた
もののパッケージ一新のものという情報もある。ちなみに現在の
沖縄森永乳牛は、55年にアミノ酸ヤクトール本舗として設立し、
63年にゲンキ乳業と名前を変え、「ゲンキ坊や」のキャラクター
で沖縄初の冷えた牛乳を売り出したということだ。中身はともか
く、復刻版ということだ。70年に森永と資本提携し、沖縄森永
乳業となったという歴史がある。
沖縄牛乳・乳飲料一覧
沖縄人国記1998 沖縄森永乳業前会長 新垣守氏
3)
既に本島では名前が残っていない「ゲンキ乳業」だが、宮古と
八重山にはそれぞれ「宮古ゲンキ乳業」「八重山ゲンキ乳業」と
いう会社が存在する。ゲンキ坊やによく似たキャラクターが瓶に
プリントされていたりする。沖縄森永の広報に問い合わせたとこ
ろ、「あのキャラクターは別物です」ということだった。宮古に
ついては定かではないが、八重山については、沖縄森永乳業前会
長と県立農林学校で同期だった新哲次氏が、アミノ酸ヤクトール
の販売権を譲り受けたというつながりがあるので、ゲンキ坊やも
同じ流れを引き継いでいる可能性はある。現物を確認しての比較
については、今現地特派員(宮古、八重山)に照会中なのでしば
しお待ちいただきたい。また、現存する「沖縄森永ヨーゴ」とア
ミノ酸ヤクトールの関係についてももう少し調査する必要がある。
(高知にアミノ酸ヤクトールなる会社が現存するのもyahoo電話
帳では確認した、これも気になる)
沖縄人国記1998 八重山ゲンキ乳業会長 新哲次氏
4)
ゲンキミルクの宣伝だが、2月にはいるといつもやっていた時
間帯(めざましテレビ7時56分頃、報道ステーション22時後
半)にやらなくなった。子供もいないのに、「子供がみたいので」
と嘘をついて、広報に問い合わせてみると、まだやっている時間
帯もあるらしいことが判明した。今後の検証のために、映像とし
て残しておこうと思う。また今回の調査のなかで、宮古ゲンキ乳
業には「うしさんありがとう」や「お母さんありがとう」なる牛
乳が存在するとの情報があった。うしさんならまだわかるが、
「お母さん・・」なる飲料は果たして?と引っ掛かってしまった。
これも追加調査中である。今度宮古に行くのが楽しみになった。
沖縄の牛乳はなぜ946mlなのかとかというよく語られる疑問はと
りあげようと一度は考えたが、既にあちこちで答えられていると
ころなのでやめておくことにしよう。
Posted by 仲村オルタ at 18:00