撒旦的情與慾

仲村オルタ

2009年11月21日 20:17

 ラース・フォン・トリアー監督の問題作「アンチクリスト(Antichrist)」を観た。
 最初に述べておくが、僕はトリアー監督があまり得意じゃない。「奇跡の海(Breaking the Waves)」にしても「ダンサー・イン・ザ・ダーク」にしても、その救いようのない結末が、当時の僕にはフィットしなかったのだ。手ぶれ放任の手持ちカメラも気分が悪かったし、何よりも作り手の「あざとさ」のようなものまで感じた。
 今回久しぶりに観て、監督への印象が変わった。リンチ風だったことが僕には幸いしたのか(結構露骨だが)。ラストが少しスタイルが変わったからそう感じたのかはわからないが、過去の作品ももう一度観てみようという気にさせる映画だった。
(以下ネタバレなし)



 夫婦の行為の最中に、不慮の事故で子供を亡くしてしまうウィレム・デフォーとシャルロット・ゲンズブールの夫婦。自分を責める妻を救おうとして、カウンセラーの夫は妻といっしょに、山の中にあるかつて過ごしたエデンという別荘に向かう。妻はかつてその別荘で「魔女狩り」の研究所を執筆していた。自然が圧倒的な力で支配する森の中。夫は妻を立ち直らせようとするが……というもの。
 この映画はその過激な性的描写と暴力描写が話題となっているが、台湾は倫理観が強いので、もちろん完全版など見られるはずがない。おそらくは20分あまりカットされていたのではないかと思う。僕はキリスト教徒ではないので、反キリストがどういうものか完全に理解することはできないだろう。ただ、信者ではないゆえに、感情的に反発を覚えることなく、この映画と向き合うこともできる。
 ネタバレになるので書かないが、ラストシーンの解釈がこの映画のテーマにつながるのだろうと思う。とても美しいシーンだ。そのあとに、「タルコフスキーに捧ぐ」という監督のメッセージが流れる。監督には女性に対する過度の不信があるに違いないが、ラストシーンにはなんとなく救いを感じた。
 誰が反キリストなのか、何が悲劇で、どのように再生されるのか。仮説はあるが、消化不良なのでぜひとも完全版が見てみたい。個人的には、子供が死んでしまうシーンが見ていてとても辛かった。森の力については、今自分自身の創作でも森について書いているので、あれこれ考えるところがあった。



 完全版を見て少し考えてみなければわからないが、ひょっとしたら稀に見る傑作かもしれない。

 激しくネタバレしていても、どうにも気になる方は、以下のコラムがなるほどという解説をしているのでご紹介しよう。もちろん、これが唯一の解釈ではないことは言うまでもない。

 現代古楽の基礎知識 [コラム] ラース・フォン・トリアーは根っからのキリスト教徒だ 

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